山本精神分析オフィス

精神分析コラム

2019.04.25

打消し

パーソナリティ障害

打ち消しは精神の万能的な発達によるものと考えられる。 打消しの防衛機制には、その原始的な源をほのめかすような魔術的な性質がある。 防衛的な打消しに没頭している人が、それが自分の観察自我に見えてくるので、その迷信的な行動の意味を悟るようになることも多い。 ある感情―通常、罪悪感や恥ずかしさ―を、それを魔術的に消し去ってくれるはずの態度や行動を持って帳消しにしようとする努力である。

日常的な例をあげると、前日の癇癪を爆発させたことを償うつもりで、おみやげを持って帰宅する配偶者などである。 もしその動機を意識化しているのなら用語上は打ち消しと呼べないが、打ち消しをしている人が自分の恥ずかしさや罪悪感に気づいておらず、 それゆえ昨日の償いをしたいという自分の願望を意識化できないでいる場合、打ち消しだということになる。

多くの宗教的儀式には打ち消しの側面がある。たとえ思考の中でだけ犯した罪であっても、これを償おうとする努力は、普遍的にみられる人間の衝動であるかもしれない。
子どもが死を認知的に理解できるようになる年齢では、打消しの要素を持った魔術的な儀式が数多く見られる。 母親にひどいことが起きないよう,歩道の割れ目を踏まないでよけようとする子どもに見られるようなゲームは、母親の死を願う無意識の願望の打ち消しと精神分析的には理解できる。 死の概念がより成熟した意味を担うようになる以前では、こうした願望入りいっそう強い恐怖をつくり出すのである。
こういう行動に自分の敵意感情は危険だというひそかな信念があらわれていることから、万能的ファンタジーの存在がわかる。すなわち、思考が行為と等しいのである。

私の患者のひとりは、かつて私に花をくれることが時々あった。 彼女は非常に混乱した状態にあったし、私が受け取らなくて、そうした贈り物をくれる彼女の性癖を分析しょうものなら、 自分の気前のよい衝動が根本的に拒絶されたと受け取るだろうと思われたので、長いこと私はこの行動のもつ意味を彼女と探求する試みをしないままでいた。
しかしついに彼女は、面接で私に対して怒りを抱いた次の回にいつも花束を持ってくる傾向があったと自分自身で理解できた。 「花束は本当はあなたのお墓への献花だったと思います。」とにっこり笑って彼女は言った。

自分の過去の罪や間違いや失敗に対して強い自責の念を持っている人々は、たとえそれが現実あり誇張されたものであれ、あるいは思考の中でのみ犯したものでそのひとあれ、生涯にわたって打ち消しをすることがある。

過去に犯した罪を償うという無意識的意味を持つ行為が、個人の自尊心を維持するおもな方法となっている場合、その人のパーソナリティは 強迫的であると見なされる。


参考文献:ナンシー・マック・ウイリアムズ『パーソナリティ障害の診断と治療』

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