山本精神分析オフィス

精神分析コラム

2018.09.27

疾病利得としての陰性治療反応

治療者

フロイトが晩年になって発見した疾病利得の一つに、陰性治療反応がある。 フロイトは、治療者が与えた解釈を言葉のうえでは理解しても、神経症症状が依然として変わらない大勢の患者たちを、陰性治療反のという用語によって説明しょうとした。
彼は患者の内界には、治療から引き出された洞察を用いることに対抗するなんらかの力が働いているのだと推論した、こうした力を超自我によるものとした。 患者が回復に抵抗するのは、彼らの超自我が楽しみや喜びを味わうのを禁止しているからである。
その人の成育歴に於いておいて重要だった権威の声を内在化した超自我は、患者が人生を大いに楽しむのを禁じる働きをする。 超自我の圧力から陰性治療反応が生じると、患者は、それと分かりにくいやり方で治療者を打ち負かそうとする。 患者が、全く改善しないという事実に注意を払ってみると、患者は治療者から有意義な影響を受けないというやり方で、治療者の価値をおとしめているのが分かる。 患者がちっともよくならないと訴えているとき、無意識に治療者に対し怒りを発散しているのである。

このほかにも、陰性治療反応の源泉はたくさんある。患者は治療者に子供っぽい競争を仕掛けるという行動化を起こすかもしれない。 あるいは、治療者が自分の幼児的な万能感を満たしてくれないとか、全能の親的人物ではないとか言って激怒するかもしれない。 あるいは、依存欲求を満足させてくれないことや、治療者の中立性や匿名性に否定的に反応するかもしれない。

治療に於いて起こりうる考慮すべき事態に、治療者の側が特定の患者に対し否定的に反応することが挙げられる。
治療者であっても患者を相手にした競争的なファンタジーから免れるわけではないため、治療や現実生活で患者が成功をつかむのを無意識のうちに妨害するかもしれない。 少なからぬ治療者は万能感をもっているので、もし患者が自分以外の誰かを愛したり、理想化したりすると否定的に反応してしまう。 特にその誰かが患者の相談役となった場合はなおさらである治療者とはいえ人間であるから、ときには厳しい仕事をしていることを評価して認めてもらいたいと考える。
しかし患者の多くは治療者を喜ばせようとは思っていないので、治療者は患者があまりに治療を評価しないと言って怒るのである。 フラストレーションを感じたときに、怒りの感情がわくのは至極当然であるにもかかわらず、たいがいの治療者は、たとえ一瞬であっても患者に怒りを感じるのを自分に許さない超自我をもっている。

とりわけ、患者には治療者に満足を与える責任はないのだと固く信じている場合はそうである。 これは患者側の陰性治療反応に酷似していて、こうした治療者の心の動きは次のようなことを言う患者の心境とそっくりである。
「あなたは専門家で私は患者なのだから、私は完璧な息子や娘にしてくれないという理由であなたを恨むのは筋ちがいだとわかっています。 またあなたが私をスーパーマンにしてくれないからといって、あなたを恨むのもおかしいと分かっています。私を特別な誰かにするのは、あなたの役割ではないのだから」
このように患者は、治療者の恋人になりたいとかスーパーマンになりたいという期待は、非現実的なファンタジーに端を発しているのをそれなりに分かっていて、こうした期待を放棄しようとする。 しかし実際には、期待やファンタジーがかなわなくて激しい憤慨を感じる。この激怒は無意識のうちに生き続け、やがては治療の差し障りとなる。

患者の健康さが治療者の不安をかき立てるとき

患者が何も葛藤を感じない事柄に、治療者の方が葛藤をかき立てられることがある。これはしばしば治療者の陰性治療反応を形成する。 このとき、治療者は成熟した大人よりも羨望に満ちた子どものようになってしまい、患者の進歩と成長を妨げる。
治療者が抱える性的な問題、対人葛藤、依存と攻撃にまつわる不安、自尊心と性的同一性をめぐる問題は、もしかしたら患者の問題より深刻かもしれない。
その結果大人に依存する子供が大人の未熟な部分を見ないようにするのと同じように、患者は、治療者がある領域に関して自分よりも未熟なことを否認しなければならなくなる。 そしてこのギャップを埋めるために、患者は無理なこじつけをして自分を納得させようとするのである。

患者が陰性治療反応を示すとき、そこには治療を破壊したいという願望が働いているのだが、このとき治療者は、この願望に患者が気づくように援助する。
しかし、患者が治療者の陰性治療反応に気づいて、その解決に手を貸すことはまずない。これが治療者の陰性治療反応が患者のそれよりもずっと深刻な理由である。
多くの患者は、マゾヒステックな神経症的傾向によって治療者の陰性反応に順応してしまう。 治療者の遅刻、眠気、怒りっぽさ、サディズム、マゾヒズム、そのほか治療にマイナスに働く傾向を、患者は合理化する。
時には、「治療者は私の問題を共有してくれているのだ」と言って自分と治療者を納得させてしまい、治療者の神経症的問題をまんまと合理化してしまうのである。

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